「ハッピー・スクール・フェスティバル」 U
慌しく準備を進めていたら、あっという間に文化祭当日になった。
執事喫茶のシフトは、午後から。
手芸部のファッションショーは、昼前だ。
見たいけど、見たくない。
そんな複雑な気持ちを抱えながら、クラスメイトと他のクラスの出し物を覗いていると、不意にオラを呼ぶ声がした。
「あー、古森君発見!」
びっくりして振り返ると、能登さんの友達の西本さんが駆け寄って来た。
「あー、ほんま良かった、見つかって。もうちょっとで、全校呼び出しかけるとこやったわぁ。今、空いてる?」
「え、空いてますけど、あの、どうして……」
息を切らせながら、唐突に尋ねて来る西本さんに、隣のクラスメイト達も驚いている。
「細かい説明は後や。緊急事態やねん! とにかく、一緒に体育館に来て!」
「え、え!?」
西本さんにグッと腕を掴まれ、いよいよ状況を把握できない。
「ほな、ちょっと古森君借りるで〜」
ぽかんとしているクラスメイトを残し、西本さんは問答無用でオラを引っ張っていく。
西本さんに連れて来られたのは、体育館脇の小部屋だった。
「竜子姐、連れて来たったで〜!」
ドアの向こうにいたのは、能登さんの友達の藤堂さん。
「ありがと。よし、ギリギリ間に合いそうだね」
パイプ椅子に腰掛けたまま、藤堂さんが西本さんに答える。
「あ、あの、話が見えねぇんだけども……」
恐る恐るオラが口を挟むと、二人は目配せし合ってから、急に真面目な表情で語り出した。
「美咲が、手芸部のファッションショーに出るのは知っとるやろ?」
西本さんに聞かれ、こくんと頷く。
「今回のファッションショーのテーマはウェディング! という訳で、美咲をはじめ、何人かは、新郎の衣装も縫って、
それを着たパートナーと一緒にショーに出る。……それも知っとるな?」
再び頷くと、西本さんは、はぁっと溜め息を吐いてから続けた。
「ところが、美咲のパートナーが、今日になってから、急に出れなくなってしもうてなぁ」
「えっ」
西本さんの言葉に、思わず声が出る。すると、それまで黙っていた藤堂さんが口を開いた。
「まあ、その能登のパートナーってのは、アタシなんだけど。
ついさっき、学年演劇の大道具を手伝ってたら、足をひねっちゃってね……このザマさ」
言われて初めて、藤堂さんの足首に包帯が巻かれていることに気付く。
「だ、大丈夫ですか?」
「大したことはない。でも、今日、この足で舞台に出るのはちょっとね」
オラが聞くと、藤堂さんは悔しそうに肩をすくめた。
能登さんの相手役が、男子生徒じゃなく藤堂さんだったのは嬉しいけど、その藤堂さんが、怪我で舞台に立てないなんて……。
「そこで、や。古森君」
「は、はい!」
「アンタに代役を頼みたい」
「へっ?」
意外な言葉に、思わずマヌケな声が出る。
「あ、あの、なして……」
「アンタ、身長いくつ?」
戸惑うオラに、藤堂さんが尋ねる。
「ひゃ、百七十二……」
「うん。思ったとおり、アタシとほとんど一緒だね」
「それに、竜子姐と同じ、スレンダーな体型! 羨ましいわぁ、ほんま」
と、いうことは、つまり。
「能登のタキシードは、アタシに合わせて作ってある。だから、多分、アンタにも合うと思う」
「美咲と仲が良くて、竜子姐とほぼ同じ体型、なんて、古森君くらいしか思い当たらへんかってん。せやから、代役、頼むわぁ」
能登さんの相手の新郎役。オラが?
「頼むよ、古森。能登の高校最後の文化祭なんだ。折角作った服をショーに出せないなんて、あんまりだろ?」
「そやそや、美咲のために、引き受けてくれへんかなぁ?」
オラなんかが出て、ショーを台無しにしないだろうか。
藤堂さんの代わりとはいえ、オラが新郎役なんて、能登さんは嫌じゃないのかな。
でも。
「ほ、本当に、オラで良いんですか?」
「古森君しかおらんのやって! ほんまお願い!」
「もう、時間もないしね。アンタに断られたら、美咲は一人で出ることになる。だから、頼むよ」
西本さんと藤堂さんに頭を下げられ、オラの心は決まった。
「わ、わがった……能登さんのためなら、オラ、やってみる」
* * *
能登さんが作った新郎の衣装は、白いタキシードで、サイズは問題なかった。
シャツもズボンもジャケットもしっかり作られていて、とても高校生の手作りとは思えない。
藤堂さん曰く、能登さんのテーマは「海辺の結婚式」らしい。
そのため、所々に薄い水色で波や貝の刺繍が入っていたり、同じ色のリボンの飾りが付いていたりする。
能登さんらしいさり気無いアクセントで、ファッションのことは全然わからないオラでも、センスが良いな、と思う。
そして、胸元の刺繍と襟のコサージュとにイルカがあしらわれていて、少しドキリとした。
能登さんもイルカが好きなのかな。そう思うと、少し嬉しい。
「わー、思った通り、ぴったりやん! めっちゃ似合う!」
男子更衣室を出た途端、西本さんが歓声を上げた。
隣の藤堂さんも、満足そうに頷いてくれた。
「ほな、もう時間ないしな。竜子姐に段取り聞いて、スタンバイしてや!」
「は、はい」
西本さんに言われ、緊張が高まる。
ファッションショーに出るなんて、思ってもみなかった。能登さんに迷惑かけたくないし、失敗しないようにしないと。
「舞台袖にはアタシも一緒に行くし、出番も教えるから、そんなに心配しなくて良いよ。歩き方なんかは、前の人と同じで良いから。
能登の出番は、最後から二番目。先に、舞台の左から能登が出る。
ステージを一周して、後ろに下がって立ち止まったら、アンタの出番。右側から出て、同じように一周して、能登の横に立つ。
そしたら、能登のベールを上げて。後は手を繋いで、二人で一周して、一緒にはける。それだけさ」
「は、はい!」
藤堂さんの説明を、必死で頭に叩き込む。頑張らねば。
「そんな緊張せんでも大丈夫やって。大事なのは、笑顔やで。モデルなんやから」
明るく言う西本さんに、かえってプレッシャーが高まった。
「も、モデル?」
「余計緊張させて、どうすんだい。ほら、古森ももっと肩の力抜きな」
呆れたように藤堂さんが言い、オラの肩を軽く叩いた。
「あはは、ごめんごめん。さ、もうすぐ時間やし、行こか」
「そうだね。行くよ、古森」
そう言って、舞台袖に向かおうとする二人に、流石に焦る。
「え、あの、ショーの前に、能登さんに会っておきたいんだけども……」
「あー、それは無理やな。スタンバイする舞台袖も逆やし。美咲は副部長やから、舞台や音楽のチェックとかで、本番直前まで忙しいはずや」
「えぇっ」
「勿論、竜子姐の代役が古森君になったってことは、ショーの前に伝えるつもりやけど。
でも、もし、美咲が忙しくて伝えられんかったら、ごめんなぁ」
西本さんにあっさり言われ、また不安が募る。
いきなり舞台にオラが現れて、能登さんはびっくりしないだろうか。
「そんな……」
「まあ、大丈夫やって。気楽に行こ!」
明るく言う西本さんに、藤堂さんも頷く。
「西本の言う通り。重く考えずに、能登の相手役を楽しめば良いよ」
藤堂さんの言葉に、顔が真っ赤に火照る。別な意味でも、緊張して来た。
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