リトル・バレンタイン
ふと時計に目をやれば、もう夕方だった。
そろそろ夕飯の支度を始めようかと、読みかけの本を閉じたその時、インターホンが鳴った。
『ピンポーン』
――きっと、あの子だ。
「……はい」
『あ、古森君? 能登です。プリント、持って来たよ!』
ガチャリと玄関のドアを開けると、いつもの笑顔。
前に住んでいた場所より暖かいとはいえ、二月の今、外は寒い。
コートにマフラー、手袋と、しっかり防寒していても、彼女の顔は少し赤く、息は真っ白だ。
その上、今日は何だか荷物が多い。普段のカバンの他、手提げ袋を三つ程抱えている。
それでも、決してしんどそうな素振りは見せず、毎日笑顔で家まで来てくれる彼女に、申し訳なさと感謝とがごちゃ混ぜになって、何も言えず、いつも俯いてしまう。
彼女は、はい、とプリントを手渡し、いつものように説明をしてくれる。
「えっとね、これが保護者向けのプリントで、こっちは授業のプリント。今日は英語と、数学と、化学。
あ、あと、これは生徒会から三送会のお知らせ。各部活の一、二年生が色々出し物するから、面白いんだよ」
「……うん」
プリントを受け取り、引っ込もうとすると、
「あ、ちょっと待って!」
と、強い口調で止められた。
「……?」
「はい、これ!」
手提げの一つから彼女が取り出したのは、小さなピンク色の包み。首をかしげると、彼女はにっこり笑って言う。
「今日はバレンタインだもの。だから、これは古森君に」
「え……? オ、……僕に?」
驚いて目をパチクリさせると、うん、と彼女は頷いてから、慌てて付け足した。
「…あ、えっと、友達皆にあげててね? 女友達となんて、渡し合いだし。だから、その、もし迷惑じゃなかったら…」
困ったように上目遣いになる彼女に、自分の勘違いが恥ずかしくなる。
――ああ、そうか。別に、深い意味なんてない。…当り前だ。
「……」
言葉が上手く出ないまま、オズオズと包みを受け取ると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
「良かった。それじゃ、また明日ね!」
「……うん」
またお礼を言えなかった自分に自己嫌悪しながら、家の中に戻る。
今日がバレンタインデーだということくらいは、覚えていた。
ここ最近、買い物に行っても、新聞やテレビを見ても、嫌でもバレンタインの文字が目に入って来ていたから。
それでも、自分には無関係だと思っていた。
自分の部屋に戻り、ピンクの包みを机の上に置く。
ピンクのプラスチック袋に、白いリボン。
それは、いかにも女の子らしいラッピングで、思わず顔が赤くなる。
――義理だなんてことは、解ってるけど……。
恐る恐るリボンを解き、中身を出してみると、小さなハート型のチョコレートクッキーが、十枚入っていた。
市販品とは一見して違うそれは、恐らく、彼女の手作りなんだろう。
そっと一枚をつまみ、口に運ぶ。
「……美味しい」
味も、歯応えも、申し分ない。甘くて、サクサクしていて。
何だか凄く、優しい味だと思った。
友達皆にあげた、と彼女は言っていた。
自分になんて、精々、余ったからついでにくれた、というところだろう。
それでも――。
「……っ!」
目頭が熱くなって来たことに気付き、思わず首を振る。
深い意味なんてないのに、必要以上に重く受け止めたら、彼女も迷惑だろう。
残りのクッキーを丁寧に包み直し、机の隅に置いた。
立ち上がり、夕飯の準備をするべく、台所に向かう。
だが、今日はもう、あのクッキーの味が忘れられそうになかった。
頬の火照りも、静まりそうにない。
――彼女がどんなつもりだったとしても、嬉しかったから。
何故かは解らないけど、凄く、嬉しかったから。
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2年目バレンタイン、妄想。
この頃から、古森君の中に恋心が芽生え始めてると良い。
あと、気配り高主人公は、手作りお菓子を男女問わず友人達にばらまいているとオモ。
ホワイトデーは古森君のターン!
ということで続き⇒「リトル・ホワイトデー」
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