雪と彼女と誕生日
朝、父から「おめでとう」と言われても、最初は何のことだか判らなかった。
しばらく経って、やっと自分の誕生日だと気付いた。
日付も曜日も、今の自分には、ほとんど意味をなさない。
何か欲しい物はあるか、と聞かれたが、首を振った。
その答えに、父は少し淋しそうな顔をしたが。
「おめでとう」の一言だけで、充分だった。
自分の誕生日など、大げさに祝ってもらう必要はない。
ただの、平日で構わない――。
* * *
いつも通りに家事を済ませ、ふと窓の外を見ると、一面真っ白だった。
朝から降り続いている雪が、地面全体を覆っている。
前住んでいた所では、この時期、町全体が雪の中に埋もれていたけれど。
ここでは、雪が降ること自体珍しく。積もったのは、今日が初めてだ。
――あの子、こんな日でも来るのかな…?
時計を見れば、毎日家に来てくれる彼女が来る頃で。
雪道には不慣れであろう彼女が、転んだりしないか、心配になる。
こんな寒い雪の日だから、無理に来てくれなくても良いのだけれど――。
そんなことを考えていたら、『ピンポーン』とインターホンが鳴った。
「……はい」
『こんにちは。能登です』
やはり、彼女だ。
玄関のドアを開けると、白い息を吐きながら、彼女が微笑んでいた。
「こんにちは、古森君!」
「……」
挨拶の代わりについうつむいてしまうが、彼女はもう慣れたのか、気にしないようだ。
「……あの、プリント」
そう切り出した古森に、彼女は首を振る。
「えっとね、今日は、プリントないんだ」
「……え。じゃあ、どうして……?」
驚いて顔を上げると、彼女は、
「じゃーん、これ見て!」
と、携帯電話の画面を見せる。
首をかしげてそれを見ると、雪だるまの写真が写っていた。
「……雪だるま……作ったの?」
小さな声で尋ねると、彼女はニコニコと頷いた。
「うん。こんなに積もる程雪が降るなんて、珍しいから、嬉しくって。つい、子供みたいにはしゃいじゃった」
そう言って、次の写真を見せる。さっきの雪だるまと彼女が一緒に写っていた。
「ほら、結構大きいんだよ。友達と一緒に、校庭で作ったの」
「……うん」
「あ、あとね、これはここに来る途中の、保育園で見かけた雪だるま。きっと、子供達皆で作ったんだね。あと、これは…」
雪だるまの写真を幾つも見せながら、彼女は楽しそうに話す。
「はい、そして、最後の一枚」
そう言って彼女が見せた写真は、雪だるまではなかった。
「……雪うさぎ?」
「うん。私がさっき作ったの」
「めご……あ、えっと、可愛い……」
方言を慌てて言い直すと、彼女は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。あのね、これ、ここの団地で作ったんだよ」
「……そうなんだ」
「入り口付近の雪が、まだ綺麗だったからつい……。へへ、雪ってだけで、はしゃぎ過ぎかな?」
少し照れ臭そうに携帯電話を揺らす彼女に、いや、と首を振る。
「ふふ。まだ、この辺りは結構綺麗な雪が残ってるから、古森君も、何か作るなら今のうちだよ!」
「……オ、僕は、いい」
そう言って首を降ると、「そう?」と彼女は少し淋しそうな顔になった。
だが、携帯電話をパチンと閉じると、再び笑顔で言う。
「それじゃ、今日は帰るね。また明日!」
その時、手を振る彼女の指先が赤いことに気付いた。
「あ、待って……!」
「え?」
呼び止めた古森に、彼女は驚いて首をかしげる。
「あ、その……ちょっと、待ってて」
「う、うん……」
不思議そうな顔の彼女を置いて、家の中に戻る。
再び玄関から出てきたとき、その手には使い捨てカイロが握られていた。
「あの、これ……」
顔を赤らめて手渡すと、彼女の顔がパッと笑顔になった。
「ありがとう!」
「……いや」
照れ臭くて、そのまますぐ家の中に戻る。
だが、ドアを閉める瞬間、「また明日ね!」という声が聞こえた。
外に出て、冷えたはずの体が、少し温まっている気がした。
* * *
彼女が帰った少し後。
夕飯の買い物へと外へ出た古森は、団地の門近くで小さな雪うさぎを見つけた。
――あの子の作ったやつだ。
冷たいコンクリートの建物の隣で、その白い姿は、一層小さく見える。
だからこそ、一層可愛らしくもあり。
思わずしゃがみこみ、じっと眺めてしまう。
――今日がオラの誕生日だなんて、彼女は知らないんだろうな。
思いがけない誕生日プレゼントを貰ってしまった。
雪が降ったのも、彼女が雪うさぎを作ったのも、たまたまだけれど。
それがたまたま今日であったことが、何だか嬉しい。
――この雪うさぎが、なるべく溶けずに残っていますように……
心の中でそっと呟いて立ち上がり、門を出る。
ほんのりと、体の芯から暖かいものが広がっていくようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2年目2月22日。古森君、17歳のバースデー。
…ちょっと、仲良くなりすぎてるかな?
使い捨てカイロのくだりは、公式小説から頂きました。
指が冷たいのを察して、古森君がプレゼントしてくれたら嬉しいなぁ。
※この作品は、KBDP(古森君誕生日パーティー)に投稿致しました。
創作 TOP web拍手