「ジャック・オ・ランタンにさよなら」
文化祭を一週間前に控えた、十月三十一日。
授業はいつも通りあるけれど、学校中が、文化祭に向けて、盛り上がっている。
オラのクラスは、執事喫茶。
今日も、放課後は、衣装や教室の飾りの準備をしていたら、あっという間に最終下校時刻になった。
大変だけど、編入したばかりの新しいクラスに早く馴染めるよう、頑張らないと。
外はもう、大分暗くなっている。
「古森くん、お待たせ!」
昇降口で、一緒に帰る約束をしてた能登さんが、オラを見付けて、駆け寄ってくる。
「うん、大丈夫だ、全然待ってね」
そう答えると、能登さんはにっこりと笑ってくれた。
そのまま、並んで、校門を出る。
「そうだ、古森くん、これ、あげる」
不意に、能登さんが、鞄の中から何か取り出した。
「はい、ハッピー・ハロウィーン!」
そう言って手渡されたのは、小さな黄色いカボチャ。
「ハロウィンの飾り用の、ミニカボチャだよ。前にバイトしてたお花屋さんで、貰ったの」
そうだ、今日は、十月三十一日。
「そっか、今日は、ハロウィンなんだべな」
「うん。海外のお祭だから、日本だと、あんまり馴染みがないけどね」
能登さんから貰った小さなカボチャを、手の上に載せて、眺めてみる。
「えっと、たしか、カボチャを彫って、提灯にするんだべな?」
「うん、ジャック・オ・ランタン、だよ。ハロウィンのカボチャ提灯」
そう、ジャック・オ・ランタンだ。前に、何かの本で読んだ気がする。
「元々は、アイルランドやイギリスの方のお祭らしいよ。アイルランドからアメリカへ渡った人達が、アメリカにハロウィンを伝えたんだって」
「うん、前に、何かで読んだことがある。…アイルランドやイギリスでは、このジャック・オ・ランタンは、元々はカブで作ってたって」
オラがふと思い出してそう言うと、能登さんは、えっ、とビックリした声を挙げた。
「え、カブ? 本当に? カボチャじゃなくて?」
「う、うん……。アメリカでは、カブよりカボチャの方がよく採れたから、それでカボチャでランタンを作るようになって、それが、世界中に広まったって」
この話は、オラも最初知ったとき驚いたから、よく覚えている。
「へえー。全然知らなかったな。古森くん、物知りだね!」
「いや、前に、何かの本で読んだだけだ…」
能登さんに、キラキラした瞳で見つめられると、顔がかっと赤くなる。
「あ、じゃあ、古森くん、ジャック・オ・ランタンのお話は知ってる?」
能登さんに聞かれ、いや、と首を振ると、能登さんは、少し得意そうに話し出した。
「古い民話だから、色々と違う話もあるみたいだけど……。
昔、ジャックという、けちで、ずる賢い男がいたんだって。
あるとき、悪魔が、ジャックを地獄へ連れて行こうとしたの。
ところが、ジャックは、ずる賢さを発揮して、悪魔を騙し、あと十年は迎えに来ないと約束させた。
そして約束の十年後、再び悪魔が来たんだけど、また騙して、今度は、二度と迎えに来ない、つまり、地獄へ連れて行かない、と約束させた。
その後、ジャックは年老いて、本当に死ぬんだけど。生前の行いが悪いから、天国へは行けない。
でも、悪魔に、地獄へ連れて行かない、と約束させてしまったから、地獄へも入れない。
だからジャックは、死んでるのに、死後の世界に行けず、永遠に、この世をさ迷い続けているんだって。
悪魔から恵んで貰った、消えない地獄の火を灯りにして、ずっとうろうろしているの。
だから、英語のジャック・オ・ランタンには、日本で言う『狐火』って意味もあるんだよ」
「……悲しい話だぁ」
能登さんの話を聞いて、思わず、正直な感想が漏れた。
「うん。可哀想なお話だよね」
「天国にも、地獄にも、何処にも行けねで……。居場所がないってことだべな」
居場所がないことの辛さなら、知っている。
「……オラ、こっちさ引越して来てから、ずっと、オラの居場所なんてねぇと思ってた……」
苦しくて、淋しくて、真っ暗で、消えたくなるような、あの気持ち。
「え?」
能登さんが心配そうに、オラの顔を覗き込む。
「居場所さないのは、たげ、辛い……」
「古森くん……」
「でも、今はもう、大丈夫だ」
そう、もう、大丈夫。
今は、ちゃんと居場所があるってわかってる。
「世界から、ちゃんと歓迎されてるって、わかったから……」
「うん。若王子先生の言ったように、全部、プレゼントだもんね」
オラの言葉に、能登さんも微笑む。
“素敵だと思えるものは、全て、世界からのプレゼント。世界から、歓迎されているしるし。”
――若王子先生が教えてくれたことだ。
物語の中ならともかく、実際に生きていて、何処にも居場所がないなんて、ありえない。
「何処にいたって、居場所はちゃんとあるって、今は、わかる」
そう、心から思えるようになったのは、能登さんのおかげだ。
太陽のにおいのする彼女が、オラを、光の方へ連れ出してくれたから。
可哀想なジャックは、物語の中の、架空の人物。
でも、オラは、そうじゃないから。
ジャック・オ・ランタンとは、違う。
オラにはちゃんと居場所があって、それを見付けた。
「あ、ねえねえ、古森くん。さっき、ジャック・オ・ランタンは、元々カブで作ってたけど、カボチャが沢山あるアメリカに移ったから、カボチャになった、って言ってたよね?」
「う、うん」
「じゃあ、リンゴが沢山ある所だったら、リンゴでランタンを作ってたのかな?」
能登さんが、ふと思い付いたように、そんなことを言い出した。
思わず、赤いリンゴで作ったランタンを想像してみる。
「えっと……」
「可愛いと思うんだけど、ダメかなあ?」
真っ赤なリンゴを、ジャック・オ・ランタン風に彫ったら、黄色いカボチャより、大分怖くなってしまうと思うけども。
どうやら、本気で良いと思ってるらしい能登さんが、めごくて、微笑ましい。
「ねえ、今度、ためしに作ってみない?」
「うん……。そだな、やってみるべ」
わがままを言っても良いのなら、能登さんの隣が、今だけじゃなく、ずっとオラの居場所だと良い。
彼女の笑顔が、オラにとっては一番の、何よりのプレゼントだから。
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3年目ハロウィンネタ。
ジャック・オ・ランタンの由来話は、諸説ありますが、「けちのジャック」のお話を採用。(他にも、ウィル・オ・ザ・ウィスプとか、色々面白いけど)
古森くんとデイジーの、登校後・すれ違い前、の蜜月期間話は、本当書いてて楽しいですw
えーっと。私自身が、今年(2011)10月より、アイルランドへ留学へ行くんですが。
アイルランドについて、色々調べているときに、ハロウィンはアイルランドが発祥の地、ということを知り。
ハロウィンのジャック・オ・ランタンの由来を調べたら、ジャックの伝説だとか、元々はカボチャじゃなく、カブを使っていたとか、面白い話が色々あったので。
それと、古森くんへの萌を合わせて、こんなお話ができあがりました。
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