フロム・ティーチャー
夕飯を作っていると、家のチャイムが鳴った。
(こんな時間に、誰だろう…?)
父が帰って来るにはまだ早いし、毎日来てくれる彼女は、もう帰った後だ。
「はい……」
恐る恐るインターフォンに出ると、『ニャー』と猫の鳴き声がした。
「!?」
びっくりして息を呑むと、続いて、若い男性の声がした。
『やや、驚かせてしまいましたか。若王子ですよ』
「若王子、先生…」
『ピンポンです。こんばんは、古森くん。良かったら、開けてもらえませんか? 可愛い猫ちゃんもいますよ』
若王子の言葉に、少し迷う。
転校後、ずっと行っていない学校。
担任の若王子は、そんな自分に、毎日のように電話をくれ、時には家まで来てくれる。
そんな優しい先生に迷惑をかけているのが辛くて、電話でもろくに話せないし、玄関のドアも開けたことがない。
――だが、今日は一際寒く、雪も降っている。
流石に、玄関にも入れずに追い返すわけにはいかない。
ガチャリ、と玄関のドアを開けると、一匹の三毛猫を抱えた若王子が立っていた。
雪が強かったのか、傘は手にしているものの、コートのあちこちに雪が付いている。
「やあ、ありがとう」
「……」
何も言えず、うつむく古森に、若王子は、ニコニコと問いかける。
「ほら、どうです? 可愛い猫でしょう」
コクンと頷くと、はい、と若王子は古森に猫を渡した。
「えっ…」
慌てて渡された猫を抱き上げると、猫は腕の中で少しもがいた後、直におとなしくなった。
腕の中の猫は温かく、恐る恐る頭を撫でてみると、気持ち良さそうに目を細める。
首輪はしていないが、この人懐こさからすると、飼い猫だろう。
「……めごい」
自然と、古森の頬もゆるむ。
「古森くんも、猫は好きですか?」
「……はい」
「そうですか。それは良かった! じゃあ、良い誕生日プレゼントになりましたね?」
笑顔で言う若王子に、古森は驚いて顔を上げる。
2月22日。確かに、今日は自分の誕生日だ。だが。
「なして、知って…?」
「そりゃあ、担任の先生ですから。クラスの生徒の誕生日くらい、知ってます」
胸を張る若王子に、古森は曖昧に頷いた。
担任教師が、生徒の生年月日を知るのは簡単だろうけど、それを一々覚えているのは珍しい。
「ハッピー・バースデー、古森くん。君にとって、良い一年になりますように」
「……」
ありがとうございます、と言おうと口を開くが、上手く声にならない。
「それじゃ、夜分に失礼しました。出て来てくれて、ありがとう、古森くん」
そう言って帰ろうとする若王子に、そっと猫を返す。
「やあ、忘れてました。この猫ちゃんを、もといた場所に返さないといけませんね」
猫を抱き上げ、背を向ける若王子に、古森は少し迷ってから声をかけた。
「あ、あの、先生……!」
「はい、何でしょう?」
にっこり笑って振り返る若王子に向かい、古森は顔を真っ赤にして口を開いた。
「あの……、あの……」
――ありがとうございます。その言葉が、どうしても出て来ない。
諦めて、うつむく古森に、若王子は優しく頷いた。
「大丈夫、聞こえました」
「……え?」
意外な言葉に顔を上げると、若王子は、そっと古森の頭に手を置いた。
「今日は、よく頑張りましたね、古森くん。ありがとう」
「……先生」
「嬉しいです。今日は、先生も君からプレゼントを貰っちゃいました」
「……」
ジワリ、と目頭を熱くさせる古森の肩をポンポンと叩くと、若王子は、それじゃ、と手を離した。
「また来ますね、古森くん。おうちの人にもよろしく伝えて下さい」
そう言うと、猫の手を取ってバイバイと手を降り、若王子は帰って行った。
若王子を見送った後も、古森は、しばらく玄関先から動けなかった。
(若王子先生といい、彼女といい、何で、こんなに優しいんだろう……)
嬉しいと同時に、そんな優しい人たちに心配をかけているのが申し訳なく、自分が情けない。
――せめて、『ありがとう』くらい、言えるようになりたい。
いや、いつか必ず、ちゃんと言おう。
一つ年を取った自分に、小さな誓いを立てて。
瞳に浮かんだ涙をぬぐい、古森は部屋の中へと戻って行った。
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2年目2月22日。古森くん、17歳のバースデー。
一応、「雪と彼女と誕生日」と繋がっている…かもしれない。主人公の帰った後、ということで。
引きこもり中の古森くんと、若ちゃんとの絡み。書いてみたかったんです。
古森くんルートの若ちゃん、本当に良い先生ですよね!
若ちゃんが、古森くんの誕生日をお祝いしてたら良いな、という妄想です(^^;;
2月22日=猫の日、ということで、ちゃぺも入れてみました。
※この作品は、KBDP☆2010(2010年古森君誕生日パーティー)様に投稿致しました。
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