第三者



 ――まったく、なんでアタシが?
 藤堂竜子は、額の汗をぬぐいながら、照りつける日差しを睨んだ。
 まだ5月だというのに、まるで夏のように暑い。
 こんな日に、家とは反対方向への寄り道など、したくはないのだが。

「お願い、タッちゃん」
 申し訳なさそうに病人から頼まれたら、断れない。
 それが親友であれば、尚更だ。

 
 ――羽ヶ崎団地、F棟。ここか。302号室ってことは、3階だね。
 目当ての建物を見付け、入り口を探す。エレベーターはないようだった。
 3階まで、足音の響く古びた階段を上って行く。
 
 ――こんなこと、よく毎日やってるよ、あの子は。
 302号室の前に立った竜子は、軽く息を吐いて、チャイムを押した。


     *     *     *

 
 『ピンポーン』
 不意に鳴ったチャイムの音に、古森はビクッと体を震わせた。
 こんな時間に来る人なんて、限られている。
 回覧板、宅急便、何かの勧誘、そして――。
 もう一つの可能性に、古森は首を振った。
 
 彼女が、来る訳ない。
 「もう来ないで」。一週間前、そう言ったのは自分だ。
 そしてそれ以来、彼女はパッタリと来なくなった。
 これでいい。何度もそう言い聞かせた。 
 もう、自分のことなんか気にしないで、忘れてくれれば良い。
 優しい彼女に、これ以上迷惑をかけたくないから。
 それでも――。

 不安と期待を抱えながら古森が玄関のドアを開けると、そこには全く違う人物が立っていた。
 彼女と同じ制服を着ているけれど、ずっと長身で。いつも笑顔だった彼女とは反対に、不機嫌そうな顔で、
ほとんど身長の変わらない古森を睨み付けている。
「あ、あの……」
「アンタが古森?」
 びっくりして、思わず逃げ腰になった古森に、竜子は低い声で尋ねた。
 頷く古森に、竜子は鞄の中からクリアファイルを取り出し、スッと差し出した。
「一週間分のプリント類。能登に頼まれて、代わりに持って来た」
「え、あ、うん……」
 オズオズと古森がそれを受け取ると、竜子は、じゃ、と背を向ける。
「あ、待って!あの……能登さんは?」
 慌てたように古森が聞くと、竜子はゆっくり振り返り、眉を上げた。
「気になるかい?」
「え、えっと……」
 頬を赤らめ俯く古森に、竜子がイライラしたように声を荒げる。
「なんだよ、その態度は。もっとシャキッとしたらどうだい?」
「っ! ご、ごめんなさい!」
 ビクッと怯える古森に、竜子はふぅっと息を吐く。
「まったく。そんな風に怯えられると、アタシがいじめてるみたいじゃないか。
 まあ、いいや。能登は、風邪で学校を休んでる」
「風邪……?」
 古森の顔が、心配そうにゆがむ。
「そう、一週間近く、夏風邪でね」
「一週間も……」
「まあ、もう大分良くなってるみたいだけど」
 その言葉に、古森が少しほっとしたように息を吐いた。
 竜子はそれを見て、ゆっくりと尋ねた。
「……アンタ、一週間前、あの子に何かした?」
「……っ!」
ビクリと肩を震わせる古森に、竜子の目が鋭くなる。
「休む前の日、あの子の様子がおかしかった。目が真っ赤でさ。一日中、泣くのを堪えてるみたいだった。
能登は意外と意地っ張りだから、『何でもない』としか言わなかったけど」
 黙り込む古森に、竜子は淡々と続ける。
「何があったかは知らない。でも、あの子はアタシの大事な友達なんだ。アンタがあの子を傷付けたんだとしたら、許さないよ。
アンタは多分、色々あって、色々と傷付いているんだろうだけど。だからって、他の人を傷付けて良い理由にはならないんだ」
「……『もう来ないで』って……」
「え?」
「『もう来ないで』って、言った……」
 呟くように言う古森に、竜子が驚いたように目を見開く。
「何で、そんなこと言ったんだい?」
「……もう、これ以上、迷惑かけたくないから……」
 その返事に、はぁっと竜子は溜め息を吐いた。
「アンタなりに、あの子を思いやったのかもしれないけどね。あの子からしたら、ショックでしかないよ、そんな言葉。
風邪で寝込んでるっていうのに、アンタのことを気にして、アタシにプリントを届けてくれって頼んで来たんだよ?
能登は、純粋にアンタの力になりたがってるんだ。それだけは言っとくよ。――それを迷惑と思うんなら、仕方ないけどさ」
「ちがっ……!」
 そんな風に思っている訳じゃない。
 自分が迷惑になっているのが、嫌で。それが辛くて。それで……。
 再び俯いた古森を見ながら、竜子が言葉を続ける。
「アンタが何で学校に来ないのかは知らないよ。でも、アンタ、学校をやめてないだろ。退学して、転校したり、働き出すことだってできるのに。
本当は、はね学に行きたがっているように、アタシには見えるんだけど?」
 厳しい言葉。だが、声はほんの少しだけ優しくなった。
「今すぐ学校に来いとは言わない。でも、自分の気持ちについて、自分でよく考えてみるんだね。
はね学に籍を置いてる理由や、能登に玄関のドアを開けた理由をさ」
 言い終わり、少し待ってみたが、古森からの返事はない。
 ふうっと息を吐き、竜子は、じゃ、と背中を向けた。

 
     *     *     *


 ――まったく、面倒で手強い奴だね。
 団地を後にし、竜子はやれやれと肩をすくめた。
 見た目は儚げで繊細そうな美少年だが、中身は意外と強情で意地っ張り。尚且つ天邪鬼だ。
 能登の親切が本当は嬉しいくせに、それを頑なに拒んでいる。
 あの頑なさを和らげるには、相当根性が要るだろう。
 それでも、能登なら何とかしてしまう気がする。

 ――それに案外、似た者同士でお似合いかもしれないね。
 半年近く登校拒否を続ける古森に、毎日学校へと誘う能登。
 どっちかが根負けするまで、勝負は続く。
 
「負けんじゃないよ、能登」
 そう直接言ってやろうと、竜子は親友の家へと足を向けた。
 古森の不器用な一言に、傷付くんじゃない。
 だって、古森は、アンタにドアを開けたんだから。
 アンタが風邪だって聞いて、悲しそうな顔になったんだから。





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  お久しぶりのGS2創作。ちょっとシリアスめです。
  藤堂さん&古森君。
  時期的には、課外授業直前辺り。
  少し心を開いてきたからこそ、古森君は主人公を気遣って「もう来ないで」と言っちゃって。
  少し打ち解けてきた、と思ってたからこそ、主人公はその言葉がショックで。
  第三者の藤堂さんからは、そんな2人がじれったく見えて…。
  でも、第三者の介入によって、事態が少し好転する、なんてこともある訳で。
  …その辺を書きたかったんですが、伝わりにくいですね。すみません。

  古森君と藤堂さんの絡みは、また書きたいです。
  意外と面倒見の良い、気配り高の藤堂さんだから、古森君と主人公のことも温かく見守ってくれそうなので。











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