風邪引きさんにホットココアを



 夢を見ていた。
 何度も見る、同じ夢。

 雪の舞う中、妹が泣いている。
 それをなだめる、悲しそうな顔の母さん。

――行かないで。

 大切な人達の願いに、ボクは背を向けた。
 
 それが、どんな後悔を生むかも知らずに。

     *     *     *

「クリフ、起きているかい? お見舞いだよ」
 ドクターの声に、クリフはゆっくり夢から覚めた。
 目を開ければ、視界に飛び込んで来るのは、白い天井。
 そこでようやく、自分が昨日倒れて病院に運ばれ、入院していることを思い出した。
 右の方に視線を向けると、カーテンを少し開けて、ドクターがこっちを見ていた。
「起きたようだね。ミルク君が来てくれたよ」
 その言葉に、ミルクがドクターの後ろから顔を見せた。
「あ…。ミルクさん…」
「こんにちは、クリフ君。具合はどう?」
 心配そうに尋ねるミルクに、クリフは、大丈夫、と微笑んだ。
「熱も大分下がったし、快方に向かっているよ。ただし、当分は絶対安静だ。…それじゃ、ミルク君、もし何かあったら声をかけてくれたまえ」
そう言って、ドクターは診察室へと戻って行った。
 はい、と頷いて、ミルクはベッドの隣の椅子に腰掛けた。
「…ミルクさんが、ボクが倒れているのを見つけて、人を呼んでくれたんだってね。ありがとう」
 クリフが弱々しく微笑むと、ミルクはそっと首を振った。
「ううん、わたしは、ただ通りかかっただけで…。ダッドさんとカーターさんが、病院まで運んでくれたのよ」
「うん…。本当に、皆に迷惑をかけてしまって…」
「もう、良いのよ。それより今は、ゆっくり休んで、早く元気になって。ね?」
 クリフの顔を覗き込みながら微笑むミルクに、クリフの目頭が熱くなる。
「ありがとう、ミルクさん」
「ううん。…あ、そうそう。昨日、これ、拾ったんだけど…」
 ふと思い出したように、ミルクはリュックから一枚の写真を取り出した。
 それを見て、クリフは驚き、慌てて上半身を起こした。
「! どうして、それを…」
「昨日倒れた時に、落としたでしょう? すぐに返せば良かったんだけど、クリフ君を病院に運ぶのに必死で、
ついコートのポケットに入れたまま、家に持って帰ってしまったの。ごめんなさい」
 謝るミルクに、クリフは首を振り、写真を受け取った。
「ううん、拾ってくれて、ありがとう。…大事な写真なんだ」
「…うん」
 静かにミルクが頷くと、クリフはぽつりぽつりと話し出した。
「見ての通り、大分昔の写真なんだけど。家族全員で撮った、最後の写真なんだ。父さんは、この後まもなく、病気で死んじゃって…」
「…うん」
「…それからは、母さんが、女手一つで、ボクと妹を育ててくれたんだけど。ボクは、母さんと妹を残して町を出て…。
ろくに連絡も取らずにいたんだ。そして数年後に帰ってみたら、母さんは、亡くなっていて…」
「…うん」
 クリフの目から、涙がこぼれる。
「…そして、妹も、どこへ行ったか、判らなくなっていた。…ボクのせいで。ボクが、二人を残して、一人で家を出たせいで…っ」

 何度も、あの最後の日の夢を見る。
 行かないで。
 二人の言葉を、切実な願いを、何故無視してしまったんだろう。

「…うん」
「…雪が降ると、思い出すんだ。ボクがあの町を出たのも、雪のよく降る、寒い日だったから…」
「…うん」
それまでじっと聞いていたミルクは、両手でそっとクリフの手を握りしめた。
「…でも、何か理由があったんでしょう?」
 クリフは驚いたようにミルクを見つめ、少しためらってから首を振った。
「いや…。儲け話があるって聞いて、都会に出てみたけど、当然、そんなうまい話がある訳なくて。
母さんに楽をさせてあげる、なんて大見得切って、二人の反対を押し切って家を出たもんだから、帰るに帰れなくて。
色んな仕事を転々として…。ボクがつまらない意地を張ったから、二人は…」
「…そう」
 ミルクは、少し考えてから再び口を開いた。
「でも、お母さんも、妹さんも、きっと解ってたと思うな。クリフ君が、二人のために頑張ろうと思って、家を出たこと」
「…え?」
「少し淋しい想いはしたかもしれない。でも、クリフ君が二人のことをずっと想っていたのは、きっと、伝わってるよ。
そして、同じように、二人ともクリフ君を、クリフ君の幸せを願ってた。ううん、きっと今も、願ってるはず」
「…そうかな」
「うん、きっとそうよ」
「…幸せに、なって良いのかな?」
そう尋ねるクリフに、ミルクは勿論、と頷いた。
「むしろ、ならなきゃ駄目よ」
 穏やかに、けれど力強く微笑むミルクに、クリフは、更に涙をこぼした。
「…ありがとう、ミルクさん」

 二人を不幸にした自分に、幸せになる権利などないと思っていた。
 この町で、少しずつ幸せを手にしていることに、どこか罪悪感を感じてもいた。
 けれど、それは間違いなのだと、ミルクは言う。
 …彼女の言葉や微笑みは、何故か信じられる。

「…ああ、そうだ、お見舞いを持って来たのに、忘れていたわ」
 そう言うと、ミルクはリュックから水筒を取り出した。
 ベッドサイドに置かれたクリフ用のカップに中身を注ぎ、ハイ、と手渡す。
「ありがとう…えっと、ココア?」
 カップの中身を見て、クリフが聞くと、ミルクは頷く。
 頂きます、と少しずつ冷ましながら口にし、クリフはふっと笑顔になった。
「…美味しい。…思い出すなぁ。小さい頃、ボクや妹が風邪を引くと、母さんがいつもココアを作ってくれたんだ。
風邪を引いてない方にも一緒にくれてね。嬉しかったなぁ」
「そうなんだ。…うちは、ホットミルクだったな。わたしのお母さんは、少し病弱でね。寒い時期にお母さんが寝込むと、
いつもお父さんがホットミルクを作ってた。そして、わたしにも一杯くれたわ」
「へえ…」
 クリフはココアを飲みながら、ふと気付いたように、あれ、と首をかしげた。
「それじゃ、どうして、今日はホットミルクじゃなく、ココアを作って来てくれたの?」
 クリフの問いに、ミルクはくすりと笑って答えた。
「だって、今日は冬の感謝祭じゃない」
「え?」
「覚えてなかったの? 今日は冬の14日。女の子が、日頃の感謝を込めて、男の子にチョコレートを送る日でしょう?
とはいえ、病人さんにチョコレートやチョコレートケーキは良くないかな、と思って、ココアにしたの」
「でも…ボク、ミルクさんに感謝されるようなこと、何もしてないよ…」
そう言って俯くクリフに、ミルクは首を振る。
「ううん。クリフ君の笑顔や、仕事を頑張ってる姿に、いつも励まされてるよ」
「そんなこと…」
 マグカップをじっと見つめるクリフに、ミルクは笑顔で遮った。
「そんなことなくないよ。感謝してるの」
「…ありがとう」
 少し赤くなるクリフに、ミルクは頷き、ところで、と話を変えた。 
「クリフ君は、雪は嫌い?」
「…え、雪? …うん…嫌い、というより、見たくないな。辛いから…」
「そう…」
 ミルクは、少し視線をさ迷わせてから、静かに話し出した。
「…わたしの生まれ故郷は、温暖な土地で、滅多に雪も降らなかったんだけど。わたしの生まれた日は、数年に一度の、大雪だったそうなの」
「…うん」
 急に自分の話を始めたミルクに、クリフは少し驚きつつ相槌を打った。
「だから、お父さんは、わたしに、雪にちなむ名前を付けたがったわ。スノーラとか、ブリーザ、とか。でも、お母さんが反対したの。
雪は、すぐに解けてしまうから、って。…体の弱い人だったし、わたしを生む前に、一度流産を経験していたらしいから、
やっと生まれた子が早死にしないか心配だったのね、きっと」
「…うん」
「そこで、お父さんが思い付いたのが、この『ミルク』という名前なの。雪のように白くて、なおかつ、生命力に溢れているから、って。
お母さんも、良い名前ね、って大賛成だったみたい」
「…そうなんだ」
 うん、とミルクは、再びクリフの手を握りしめた。
「…雪は、必ず、いつか解けるよ。そして、雪解けの後の大地には、新しい命が芽吹く」
「…うん。…ありがとう」
 クリフは頷き、泣きそうになりながら微笑んだ。
 ミルクもそれを見て微笑み、クリフの手を離して立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ行くね。ゆっくり休んで、早く元気になってね」
「あ、待って、ミルクさん」
「? なあに?」
 首をかしげるミルクに、クリフは恐る恐る尋ねた。
「…雪は溶けるけど、ミルクさんは、消えないよね? ここに、いてくれるよね?」
 その問いに、ミルクは優しく微笑んだ。
「うん、いるよ。…わたしも、そりゃあいつかは消えるけど。でも、雪のようにすぐには消えないわ」
「…ありがとう」
 ほっとしたように目を瞑るクリフに、ミルクはくすりと笑う。
「それじゃ。…明日は、ホットミルクを持って来るね」
そう言って手を振り、ミルクは病室を後にした。


 残されたクリフは、写真をじっと眺めてポツリと呟いた。
「…母さん、アリス、ごめんなさい」
 それは、今まで何度も呟いた言葉。
 瞬きをしてから、初めて言う言葉を続ける。
「…きっとボク、幸せになるよ」
 




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  クリフ行き倒れイベントと冬の感謝祭をかけてみました。
  普通にプレイしていたら、冬の感謝祭のずっと前にクリフ退院してるだろう!
  …というツッコミは、なしの方向で。
  ミルクの名前の由来も、入れてみました。
  この後クリフが、少しずつ雪へのトラウマを克服していくと良いなぁ。

  あ、最後の「アリス」はクリフの妹の名です。勝手に付けました。(「母さん、妹…」と呼びかけるのも変なので)
  クリフが生まれ育った町を出た理由、というのは、ゲーム本編では詳しく出て来ませんが。
  優しいクリフのことだから、こんな感じじゃないかな? と思います。










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