アメイジング・グレイス
秋の虫が賑やかに鳴く、夜のマザーズ・ヒル。
今日は、お月見。
ゆっくり名月を観賞しようと、ボクは山頂へと足を向けた。
月明かりのおかげで、いつもより足元が見えやすく、歩きやすい。
去年の今日は、お月見とは知らずにマザーズ・ヒルに登って、ミルクさんに会ったっけ。
今年も、会えると良いな。
山頂に近付くにつれ、微かに楽器の音が聞こえてきた。
ミルクさんが演奏してるのかな?
少し高めの、でも温もりのある、ぽーぽーという音は、きっと笛の一種。
だんだんハッキリしてくる、優しいメロディ。
ああ、これは、この前の音楽祭で聞いた曲の一つだ。
そして、この音はきっと、音楽祭でミルクさんが吹いていたオカリナだ。
オカリナ・ソロで聞くと、また少し感じが違う。
ぽーぽー ぽーぽー
山頂まで辿り着き、音の主を目で確認できたとき、ちょうど、曲が終わった。
手頃な切り株に座って、僕に背を向けて一息吐いているのは、予想通り、ミルクさん。
けれど、月明かりに照らされたその後ろ姿は、まるで月の女神のように神々しくて、声をかけるのもためらわれる。
長い金髪が、息を呑むほど美しく輝いていて。
奏で終えたばかりの曲の余韻が、秋の山を包んでいるようだ。
思わず足を止めたボクには気付かないようで、彼女はまた違う曲を奏で始めた。
ぽぽーぽー ぽーぽー
この曲も、この前の音楽祭で聞いた曲だ。
オカリナ・ソロだと、また違う感じがする。
ぽーぽー ぽーぽー
音楽祭は合奏だからあまり意識しなかったけれど、彼女のオカリナは、とても上手い。
ゆったりと、心にそっと寄り添うような、繊細な音色。彼女の人柄そのもののようだ。
よく見ると、彼女の隣には彼女の愛犬シーザーがいて、行儀良く横たわっている。彼も、この演奏にうっとりしているのかな。
ゆっくりと曲が終わり、ボクは大きな拍手を送った。
びっくりしたように、彼女が振り返ってボクを見る。
「クリフくん!?」
「こんばんは、ミルクさん。びっくりさせてごめん」
ミルクさんの方へ歩み寄ると、ミルクさんは、顔を少し赤くして首を振った。
「わたしのオカリナ聞いちゃった? 恥ずかしいな……」
「凄く、素敵な演奏だったよ。音楽祭の合奏も良かったけど、ミルクさんのソロは、また違うね。何だか、心に染みるっていうか……」
ボクが正直な感想を言うと、ミルクさんは照れ臭そうに笑った。
「そんな、褒めすぎよ。オカリナは好きだけど、下手の横好きだもの」
「謙遜しないで。本当に、素敵だったから。月明かりの下で、神々しくて、月の女神が演奏してるのかと思ったよ」
「もう、だから褒めすぎだって。月が綺麗だから、こんな夜に外で演奏したら、気持ち良いだろうなって思って、ちょっと吹いていただけ」
そう言うと、ミルクさんは、オカリナを膝に置いて月を見上げた。
隣の岩に腰かけ、ボクも月を見る。
雲一つない、しんと澄み渡った秋の夜空に、丸く大きな月が輝いている。
怖いくらい美しくて、ぼうっとしてしまう。
「……去年も、クリフくんと一緒にお月見をしたよね」
「そうだね。今年も、ミルクさんと一緒に見ることができて、嬉しいよ」
去年のことを思い出す。
あれから、一年。随分経った気もするし、ほんの少ししか経っていない気もする。
「不思議だな。去年も、月がすごく綺麗だと思ったけど……今年の方が、ずっと美しく思える」
ぽつりと呟くと、ミルクさんが、首をかしげてボクの顔を覗き込んだ。
「多分、マザーズ・ヒルからのこの眺めに、大した違いはないから。月を眺める、ボクの方が変わったせいだと思う」
ボクの言葉に、ミルクさんは納得したように頷いた。
「この一年で、色々変われたから。仕事も、生きがいも見つけて、前向きに生きようって、そう思えるようになったから。幸せになって良いんだって、解ったから。多分、そのせいだ」
「うん。確かに、クリフくん、変わったものね」
そう。今のボクは、優しく微笑むミルクさんに、微笑み返すことができる。
「ミルクさんのおかげだよ」
「え?」
「ボクが変われたのは、ミルクさんのおかげ。ありがとう」
「そんなこと……」
困ったように謙遜するミルクさんに首を降り、また月を見上げる。
過去を悔やみ、自分を責め続けることで、世界から逃げていたボクに、ミルクさんが、救いの手を差し伸べてくれた。
前を向いて、幸せになって良い、そう、教えてくれた。
月に限らず、色んなものを、世界を、美しいと思えるようになったのは、ミルクさんがボクを変えてくれたからだ。
「ね、良かったら、もう一度、オカリナ聞かせてもらえないかな?」
もう一度、ミルクさんのオカリナが聞きたくなって、お願いしてみた。
「え?」
「もう一度聞きたいんだ。……ダメかな?」
じっとミルクさんの目を見つめて聞いてみると、ミルクさんは、少し迷ってから頷いた。
「うーん、じゃあ、一曲だけね」
「やった、ありがとう!」
ボクがお礼を言って拍手をすると、ミルクさんは、すっと姿勢を正し、オカリナを口に当てた。
ぽぽーぽー ぽーぽー
静かに彼女が吹き始めたのは、聞き覚えのあるメロディ。
母さんが好きだった曲だ。
――アメイジング・グレイス。
ぽーぽー ぽーぽー
オカリナ・ソロで聞くのは初めてだけれど、どこか懐かしいメロディと、陶器の柔らかい音質とが、よく合っていて、心に染みる。
それに、この曲の歌詞を思い出すと、まるで自分のことを歌っているみたいだ。
曲が終わり、ミルクさんがオカリナをゆっくり下に降ろすと同時に、大きく拍手を送る。
「ありがとう。って、クリフくん? どうしたの?」
ボクの方を向いたミルクさんが、びっくりしたように声を挙げる。
「え?」
「だって、泣いてる……」
ミルクさんに言われて初めて、自分が涙を流していることに気付いた。
「あ、本当だ……。ミルクさんの演奏が、あんまり素晴らしかったからかな」
涙をぬぐい、照れ隠しに笑って見せたけど、ミルクさんの顔が心配そうに曇る。
参ったな。困らせるつもりはなかったのに。
「大丈夫だよ。これは、感動の涙」
「本当?」
「本当だよ。演奏が素晴らしかったのと、あと、ちょっと、曲に感情移入しちゃったからかな」
涙の止まった顔を向けてそう言うと、ミルクさんが首をかしげて聞き返した。
「感情移入?」
「うん、『アメイジング・グレイス』の歌詞って、まるで、ボクそのものみたいだから」
Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me
I once was lost but now am found
Was blind but now I see
(アメイジング・グレイス、なんと甘美な響き
わたしのような哀れな者も救ってくれる
かつて道を誤りさ迷ったが、今は救われている
かつては何も見えなかったが、今は見える)
「道を迷い、何も見えていなかったけれど、今は救われて、見える――。ボクも、そんな風に変われたから」
「そっか。うん、そうだね」
安心したように、ミルクさんが微笑む。
「うん。そして、ボクをそんな風に救ってくれたのは、ミルクさんだよ」
ボクがそう続けると、ミルクさんは苦笑して首を振った。
「もう、大げさなんだから。わたしは、大したことは何もしてないよ」
「ううん」
そうやって、ミルクさんはいつも否定するけど、本当だよ。
ミルクさんに救われていなかったら、ボクはまだ、道に迷い、何も見えないままだった。
じっとミルクさんを見つめると、ミルクさんはそっとボクから目をそらし、もう一度オカリナを口に当てた。
そして、再び奏でられるアメイジング・グレイス。
ぽぽーぽー ぽーぽー
月夜に響く、オカリナの音色。
ああ、綺麗だな。
本当に、素敵な秋の夜だ。
ぽーぽー ぽーぽー
曲が終わり、ボクはまた大きく手を叩いた。
ミルクさんはにっこりと微笑み、オカリナをリュックにしまった。
「ありがとう。さ、そろそろ帰りましょうか?」
「うん、そうだね」
「おいで、シーザー」
名残惜しいけれど、お互い、明日も朝から仕事がある。
遅くならないうちに、マザーズ・ヒルを降りることにした。
「足元、気をつけて」
「あ、ありがとう」
そっと手を差し出すと、ミルクさんは少し驚きつつ、その手を取ってくれた。
シーザーもいるとはいえ、夜の山道で二人きり。ボクが、ミルクさんを守らなければ。
さっきは言わなかったけれど、昔と今で大きく変わったことは、もう一つある。
ミルクさんへの気持ちだ。
初めて会った時から、気になってはいたけれど。
その気持ちが、今はもっとずっと大きくなっている。
これは、恋だ。
ボクは、ミルクさんが大好きなんだ。
いつか、きっと、伝えるよ。
手を繋いだまま、家の前まで、ミルクさんを無事送り届ける。
「送ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして。ボクこそ、ミルクさんと一緒にお月見できて、嬉しかったよ。ありがとう」
繋いだ手をそっと離すと、ミルクさんはシーザーを抱きかかえ、ボクに向かって手を振った。
「わたしも、クリフくんとお月見できて、良かったよ。おやすみなさい」
「おやすみなさい。またね」
そう言って手を振り、ミルクさんが家に入るのを見届けてから、ボクも宿屋へと向かう。
空を見上げると、まだ月はこうこうと光っている。
来年の名月も、ミルクさんと一緒に見ることができますように、と心の中でそっと祈った。
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クリフ×ミルクで、お月見イベント。2年目の秋です。
……思いついたのが、お月見の夜。
主人公がゲーム中でオカリナ吹いていたのを思い出し、オカリナ・ソロで吹ける曲を探したら、「アメイジング・グレイス」が見付かり。
この曲、クリフにぴったりじゃないか、と思って、そのまま一気に書いちゃいました。
最初は、1年目で考えていたのですが、2年目の色々克服したクリフのがしっくり来たので、書き直し。
ゲーム中で主人公が音楽祭イベントのみですが、普段から吹いていても良いかな、と思います。
クリフも何か楽器やって、2人で合奏…なんてのも良いですね。
クリフには、どんな楽器が似合うでしょうか?
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